〜チンドン屋がつくりあげた不思議な折衷音楽が「ジンタ」。
軍楽隊由来の楽器で行進しながら七五調のやまとうたを歌うという「きわめて由緒正しくない」旋律が、八重山随一の唱者によって朗々と響きわたる。
三線を携えて大工が唄うものは郷愁や哀切ではない。いや、そうなのかもしれないが、それだけではない。 〜〜
琉球王府と島津藩、そして近代日本の苛政に打ちひしがれ辺境でありつづけたがゆえに、八重山はヤマトがとうの昔に失った記憶を伝えてきた。
しかし大工は八重山に刻まれた記憶を論述しない。
大工はただ唄う。まるでそれが日常の業務であるかのように。
おそらく、論述は不可能なのだろう。
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もしそれが正鵠を射る筆法で論述されたら、だれひとり正気を保つことはできないのだ。
大工の唱うジンタはとてもなつかしい。しかし「なつかしい」と言えてしまうことの背後には実は、すさまじいばかりの記憶の分断と忘却がある。〜〜
彼の音楽を聴くと、そのことだけは確認できる。
せめてそれだけは忘れないようにと、彼は唄ってくれているのかもしれない。
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ラッパやクラリネットや安っぽい太鼓の音は文明開化期の本土のもので、けっして八重山のものではない。それなのにこの音はどうしたわけか、大工の高らかな声にますます力を与え、ぞっとするほど透明な世界へと導く。地の底から沸きあがる死者の声を召喚し、鳥のつばさにのせてニライカナイへと解き放つかのように。
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もしかするとこれらのウタは、まだアニマの霊威が生きていた葦原中つ国に太古から伝わるコトダマのミワザ、鎮めのオモロなのかもしれない。
ならば大工の業務然とした練達の唄い方も理解できる。
かれは男性だが、ユタなのだ。〜